今年の春は花見に恵まれたいい春でしたね。

 

ちょっと仕事を離れて近所の桜見物です。

きっかけは仕事場の窓から見える電柱にとまった雀。
電柱の上で、ちょんちょんと跳ねていると思ったら、しばらく佇んで桜見物をしているようです。
3月28日、黄砂も少なくとてもいい天気です。
僕の住む石切は生まれた頃から桜の多い坂道だらけの街です。
でもここ数年、街にたくさんの桜スポットがあるのに、春になると花見に奈良や京都に出かけるという、思えば変な行動を取っていたわけで、雀も見惚れる?(僕が子供の頃から好きだった)「山荘」の桜を撮りに出かけました。出かけるといっても事務所から50mほどのところですが。

IMGP4769桜坂

住所表示は東石切町ですが通称「山荘」は近鉄奈良線石切駅のちょうど西側で大阪平野を見渡せる地域です。夜景が絶品のこの地域、僕の子供の頃は、まだ大阪市内の大店の主人の本宅や別邸の並ぶ地域で木々に囲まれた大きなお屋敷がたくさんありました。そんなお屋敷街の中心を東西に区切る道、写真の桜坂があります。

IMGP4766桜坂

春になると、西に大阪平野、東に生駒山を背景に見事な桜のトンネルができあがります。
かつてあった二百坪三百坪の豪邸も時の流れで一軒一軒なくなってゆき、今ではその跡地にマンションや建売が軒をならべています。そのひとつひとつの解体・建設工事のたびに行き交うダンプやトラックの通行のため枝ははらわれ、幹は切られ、一時は桜トンネルも消滅したかに思われたのですが、この十年くらいでしょうか、工事も落ち着き、桜も枝を伸ばし昔ほどではないにしても綺麗な桜トンネルが再生しています。
ヒヨドリも昔のようにやって来ています。

IMGP4763ヒヨドリ>ツグミ?

僕の子供の頃からあるのだから樹齢はゆうに60年を超えている老木でも新しい枝を伸ばし綺麗な花を咲かせます。

IMGP4759古木

古い幹にさく数輪の桜。空を埋め尽くす満開の枝々より、古木の幹にそっと控えめにでも生き生きと咲く数輪がぼくは好きです。

IMGP4761一輪

暖かい日(いや、暑い日?)が続いて今年の桜は例年より短命だったかな?これを書いている4月4日、一気に花は散り葉桜になりつつあります。例年の春の嵐も今年はなく、短く惜しい気はしますが、花見にはいい年でしたね。
短いとはいえ、春の嵐で満開の桜も一気に散ってしまうことも多いのだからやはり桜は惜しまれる短い命がいいのかな。

ついでなので最近のお気に入り・バンビーノ

IMGP4774バンビーノ

さて、分厚い上着も機能性の下着もいらなくなったこの季節、時計も軽く薄いのがいいかな。撮影のお供をしたのは、最近出番のなかったオリエントバンビーノ。ハドリーローマの赤スティッチ入り黒のNATOタイプのストラップと合わせています。グレーダイヤルの地味といえば地味な時計ですが、シンプルでおしゃれ、控えめにスティッチの効いたNATOがなぜか春に似合っていると思っています。(正直に言って、NATOを含めいろいろバンドを試したものの結局標準の革バンドがベストと思っていたこの時計、たまたま付けてみた赤スティッチのこのワンピースバンドは本当によく似合うと見直しています。)

 

今日この頃 2016年11月

世界はどうなるんやろう?

遠くアメリカでは木村さんの言った通りトランプさんが次期大統領に決まった。
近く韓国では国政が麻痺してしまう大統領の大スキャンダル。東アジアの情勢に大きな影響がありそう。
世界の警察官をやめるアメリカ、共産圏との壁であった韓国の麻痺。北朝鮮・中国・ロシアはどう動くんやろうか?
予想できたことも、できんかったことも、入り混じって経済も政治も混沌の時代に入るのかな?こわいことです。

SARB017アルピニストを連れて紅葉狩り

momiji

そんな今の世界の中にあって、少なくとも僕の周りでは仕事に追われてしんどいことも、うれしいことも、おもろいことも、変わらない日常が静かに流れていて、今年も変わらず紅葉を見に行きました。天候には恵まれなかったけど、雨交じりの山間では木々の幹の色が明度を落として黒が際立ち、鮮やかな緑と赤と黄色のコントラストが増し、例年に劣らぬ美しい景色がそこにありました。
腕に巻いた時計は自分で紅葉狩りバージョンと言っているSARB017アルピニスト。ホント秋のこのシーズンには(時刻を見るのが楽しみになるような)ぴったりの時計やね。

SKX009クリスタルの付け替え

SKX009と007を手に入れた時からずっと考えていたモディファイ。注文してから半月ほど待たされてやっと交換用のガラスが届いたのでさっそくSKX007に付け替え。と、言っても当方まったくの素人。専用の道具を買って、ネットで交換方法を学んで、悪戦苦闘してなんとか完了。標準のミネラルハードレックスを「Crystaltimes」が販売しているサファイアクリスタル「ダブルドーム・ARコーティング(青)」ってものに交換。フラットなガラス面がドーム型の面になって、しかも青コーティングなので光の当たり方で青く輝きます。とても綺麗なので一応成功ということにしたいと思っています。ただ、防水だけは心配だけど・・。

skx009mod02

他に、SKX007とSNK809のガラスも交換。苦労の顛末は長いので後に詳しく書き残そうと思う。

次はこんなことやってみよう!
SSB031とSSB025のパーツをスワップするぞ!

これまでに腕時計の電池交換から始まって、ムーブメントの脱着、針の付け外しなんかの方法もわかり、今回、回転ベゼルの脱着、ガラス(風防)の脱着もなんとかできたので、「風防をパッキンで固定する」形式の時計ならムーブメント以外の部分はほとんど触ることができるとわかったら、こんなことをしたくなってしまった。
一番安い部類の海外版セイコークォーツクロノグラフSSB031と同型のSSB025。
形は同じだから、パーツを入れ替えればバリエーションが楽しめるってことやね。
予想図はこちら

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それぞれのケースに中身のムーブメント(+文字盤)、チャプターリングを入れ替えるとこんなバリエーションができるはず。
予算は23千円+(僕の人件費)−(僕の楽しみ)ほど。
作業に結構な時間と慎重さの気を使うので、頻繁に取っ替えるわけにはいかないやろうけど、二つの時計が8つの時計になってしまうんやから、面白そう。小遣い貯めて、来春までには挑戦したいと思っています。
少し予算がはるけど、23千円が80〜90千円の価値になるなら・・・て自分を説得して。
(実際買ってみると構造が予想と違って出来ないかも・・・ちょっと不安があるけど)

世界の行方が予想しにくい今日この頃なのに、市井の民のいたって小さく平和なたのしみやね。

実用腕時計のブランドと価値、そして最良の選択

 

● ブランドと歴史

ヴァシュロンコンスタンティン社はなんと1755年創業
パテック・フィリップ社はパテックさんが1839年創業、1851年時計士のフィリップさんと組んでパテック・フィリップ社に。現在の腕時計の当たり前であるリューズによるゼンマイの巻き上げ、針の調整という技術を作り上げている。
オメガの前身ルイ・ブラン兄弟社は1848年創業、1894年には画期的な高性能小型ムーブメント「Ω」を開発し、1903年オメガ社となる。
ロレックスの前身ウィルスドルフ&ディビス社は1905年創業、1908年ロレックス社となり、1931年には世界初の自動巻機構パーパエチュアルローター、1945年には日付の小窓表示を開発、これがデイジャスト。

みな大変な歴史を持っています。
ヴァシュロンやパテック・フィリップは芸術的な複雑時計を今も作り続けていて、ブランドとしては雲の上の存在ですね。
大半の部品を熟練の職人がその手で生み出す製品と、量産の機械で生産する製品を同じ土俵で比較することはできません。
オメガは創業以来その優れた技術で素晴らしい精度の時計を量産し、一時はスイスを代表するメーカーになりましたが、1980年代にはセイコーによる買収騒動があったりして現在ではスウォッチグループの一員(ロンジン・ティソ・ラドー・ハミルトンなんかと一緒)です。
ロレックスは比較的新しいと言えますが、量産時計の革新的な機構を多く開発・保有し誰もが知るナンバーワンブランドになっています。

こうやって見ると、現在の腕時計の原型といえる懐中時計の技術は19世紀半ばに欧州で確立され、その後半から20世紀初頭に腕時計へと発展する歴史が見て取れます。しかし大切な点は19世紀半ばに花開く以前、18世紀から続く技術の蓄積があったということです。

一方日本のセイコー、前身の服部時計店は1881年創業、1895年に懐中時計(タイムキーパー)、1913年に腕時計(ローレル)、自動巻は1956年に発売。
その後、1968年に精度を競うスイス天文台コンクールで遂に腕時計総合1位となり、常連であったオメガやゼニスに追いつきます。そして1969年には世界初のクォーツ式腕時計を発売します。実際精度を競う天文台コンクールの意義を失わせるくらいの精度の腕時計の量産が始まります。精度という観点では、世界の腕時計の勢力地図を塗り替えた出来事です。

客観的に時計を評価すると、雲の上は別として量産時計では、皆それなりの歴史と発展の礎となった革新的な技術を持っています。
確固たるアイデンティティを持った企業だからこそ手に入れることができた技術です。
ロレックスも、オメガも、セイコーも、同じです。
しかし、ブランド”イメージ”というものは違います。新興勢力がいくらいいものを作っても、老舗がその歴史を誠実に維持している限りイメージを覆すのは容易ではありません。

● 企業の持つアイデンティティと個人の嗜好の一致が大切

セイコーとスイスの老舗では単純に半世紀、その前の技術の蓄積を考えれば一世紀以上の歴史の差があります。
例えば自動車でも、カール・ベンツが世界初のガソリンエンジン車パテントモートルバーゲンを発表したのが1885年。トヨタがG1型トラックの生産を始めたのが1935年。半世紀の差があります。半世紀以上の時間は企業が優良なイメージを確立させるのには十分な時間です。レクサスがどれだけ頑張っても、スリーポインテッドスターと同列で語ることはできても、最終的にかないません。
定着したイメージというものはそんなものだろうと思います。セイコーも同じです。

これは、視点をずらしてオメガやロレックスからヴァシュロンやパテックフィリップを見た場合でも同じだと思います。
つまり、”イメージ”としては上には上があって、ブランドイメージの”ランク”、”自慢”には意味がないということです。
大切なのは自分が選ぶブランドが独自のアイデンティティを確立しているかどうかです。
腕時計は”嗜好品”と言っていいものだと思っています。自分の嗜好と判断基準で、自分と波長の合うアイデンティティを持った”好きな”ブランド・商品を選ぶのがベストです。
ロレックスと波長の合う人はロレックス。シチズンと波長の合う人はシチズン。そこには何の差もありません。

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● 工業製品である以上、しっかりした技術を持つメーカーを選ぶ

僕の初めての腕時計は小学校の時流行ったディズニーウォッチ、ピンレバー式の機械時計。高校の時(親の羽振りが良かった時期で)キングセイコー、社会に出てからは最初オメガ(型式は忘れた)これとキングセイコーは水で壊してしまって、オメガ(デビル)、セイコークォーツ(ドルチェ)、その間ブームだったカシオの”ペラ”。
基本的にオメガやセイコーが好きでした。ギリシャ語のアルファベットの最後の文字ということや、オメガという音の響きがただ好きだっただけです。セイコーは僕らの世代では持って当たり前のものでしたから。
ただ、40年近くになる手巻きのオメガデビル、オーバーホールは一回だけ、一昨年ゼンマイが切れ修理。今でも高精度で動きます。ステンレスのケースこそ傷だらけですが、一生ものとはこういうものだろうと感心します。
セイコードルチェも30年以上になりますが電池さえ交換すれば今でも年差+1分位で動きます。ケースのチタンも、文字盤にもくすみはありません。

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この二社は耐久製品として完成された物を確実に量産する真摯な企業のアイデンティティがあると感じます。そんなところで自分と会う波長を感じます。
ロレックスは始めから興味がありませんでした。老若を問わず、特に高価なロレックスをはめている人で人格に疑問を感じる人を何人も見ているからです。
但し、サブマリーナとエアキング、エクスプローラは別だったのですが、最近は金融時計のイメージもあるので、やはり波長があいません。「お前にくれてやる」と言われてもいりません。(正直、一流の時計だと思います。が、製品自体の価値に比べ高すぎませんか?最近、特に)

● 価格は関係く、自分の好きな自信の持てるものを

僕は、自分が持つ腕時計は昔なら10万円以上、今なら20万から30万円位のものが当たり前、それ以下は恥ずかしいと思っていました。
でも、オメガがこわれた時、どちらもデザインだけですが自分と波長の合う、ハミルトン(カーキ)とセイコー(SARB035)を買いました。
そのときの金欠が功を奏し、いずれも5万円クラスですが、どちらも高品質、とてもいい時計に出会えました。ブランドという色眼鏡を捨てれば、10万・20万の時計と比べても目立った遜色は全くありません。目的に合わせ、どこへでも自信を持って連れて行ける時計です。
その後に手に入れたセイコーの一番安いダイバーSKX009/007もそうです。どちらも2万円前後、サブマリーナ1本で50本も買える安い時計ですが、常用時計に今一番のお気に入りです。
ハミルトンにもしっかりしたアイデンティティを感じます。高品質な時計をリーズナブルな価格で提供する・・、セイコーと同じにおいを感じます。
機会があれば38mmのイントラマティックがほしいと思っています。

腕時計は嗜好品。今は、価格に関係なく自分が好きなものを自信を持ってはめられる。これこそ一番だと思っています。

大阪のおばちゃん。大阪のお笑い。

腕時計とは関係ありません。ちょっと聞いて。
大阪のおばちゃんのイメージ。

昨日バラエティ番組の再現映像を見て思った。
精算待ちの長い列の先頭でレジの店員に値段交渉するおばはん。
「もうちょっとまけてえな。そや、フードいらんからこれはずしたら安なるやろ?な、この分値段引いときいな。」・・・
フード付きの上着のフードはずして安くせいてか。そこまで値切る人間大阪にはおらん。安モン買いを誇っても、決して理不尽な要求はせん。

教室で授業中の女子生徒。隣の女子にシャープペンシルを貸してと頼むと、隣の女子が渡してくれたものはシャーペン型の消しゴム。えっ?っと訝ると、隣の女子「そこはツッコマナ。」と、わざと違ったものを渡してツッコミを強要・・・
授業中まで?四六時中まわりにツッコミを要求してるようなそんなうっとうしいヤツ、大阪にはおらん。
こうゆう空気読まんヤツが大きなって大阪のおばちゃんになるんやという視聴者へのインプリンティングか?
・・・こんなイメージ映像のオンパレード。

とにかく、無遠慮で自分勝手、粗野で口が汚い、どうしてもそういうイメージを全国的に植え付けたいみたいやね。

テレビで見る大阪のおばちゃんのイメージ映像。大阪人が台本書いたものはほとんど無いと思うよ。僕は断言します。こんな人ら、僕の周りにはおらん。見たことがない。
確かに少数、無遠慮で自分勝手、粗野で口が汚い人間はおる。しかし、そんな輩は全国・全世界どこにでもおる。

再現映像を見てコメントする芸人達。「大阪におるおる、こうゆうの」って大騒ぎ。おかしいやろ。アホちゃうか。
笑いのネタとしてこういう絵がほしいんやろけど、周りにイヤな思いをさせている状況の絵は笑いになりません。
人情家でやさしくて、余分な世話やいては後悔してる、愛すべき大阪のおばちゃんたちに失礼やろ。

ちょっと下品で恥ずかしい事を自らが自虐的に、大げさに表現して笑いを取る。これはあります。これは笑いになります。でも、他人をネタに大げさに貶めることは決して質の良い、品のある笑いにはなりません。番組の企画も、ひな壇の芸人も、笑いの質を高める努力はほしいと思うのです

大阪とお笑いの話

関西のお笑いは文化として誇れるものやと思うけど、テレビで放送されるお笑いはほとんど吉本興業系のお笑いやしね。最近は松竹芸能まで吉本系お笑いのマネしてるみたいに見えるし。
全国の人に言います。吉本系のお笑いは即物的な品のないお笑いです。それはそれでいいのです。とてもわかりやすいお笑いで、アホみたいにただ笑ってればええんやからね。大歓迎、大好きです。
でも、それが全てではありません。本来の大阪のお笑いは、もっとたおやかな間(マ)と情をを大切にするお笑いです。
裸芸人を見て、即ギャハハと笑うお笑いではありません。ウィットの効いたユーモアなのです。

寸秒を気にするテレビの放送には合わないお笑いなのでしょう。
大阪の庶民の日常は、せかせか早口の会話に、ゆるやかでたおやかな会話が混ざり、そのコントラストの中で自然に醸成される間がウィットとユーモアを生む独特の文化の中にあるのです。そういう文化を生んでいるのが、本来公家の言葉が基になった大阪弁なのです。大阪弁独特の少し間延びした「緩さ」があるからこそ醸し出される雰囲気なのです。
日常の雰囲気がそうなので、毎日人情喜劇のなかに浸っているようなもんです。
大阪の人が二人寄れば漫才になる、というのはよくあることです。

子どもの頃、映画会社に勤めていた親父に聞いたことがあります。
「おとうちゃん、なんでテレビや映画のワルモンはみんな大阪弁なん?」
親父は言いました。
「テレビも、映画もほとんどが東京で企画されるからな。ワルモンはな東京弁や標準語はあかんねん。名古屋弁でも広島弁でも博多弁でもあかん、大阪弁やないとあかんのや。ま、決まり事や。」・・・・
今でも、ドラマ見るとそういう傾向ありますね。
これ、大阪のおばちゃんのイメージ付けと共通するものあると思いません?

ま、ワルモンでええんちゃうかな。正直、エエモンよりワルモンのほうがカッコエエこと多いしね。
それはそれとして、テレビのお笑いを見ると、伝統的な本来の大阪のお笑いが消えていくようで、もったいなく、さみしい思いがするのです。

中高年、腕時計で遊ぼう!(for around 60)

仕事・仕事・仕事、二言目には「仕事」。
そう言って本当に大切な家族や友人との時間を犠牲にしてなかった?
そろそろ仕事を気にせず、遊んだら?
腕時計は遊ぶ気を、本気の遊ぶに変えるきっかけになってくれるよ。
仕事をしていると、身につけるものに気をつかってたよな。
スーツ、シャツ、ネクタイ、ベルト、靴下、靴、タイピン、カフス、眼鏡、時計・・・・気、つかわなかった?
今、遊びに行く時、どんなものを身につける?
大抵の人は、服や靴はカジュアルなものを持っていると思うけど、腕時計はどうかな?

仕事をしていると、廻りの目を気にして、また見栄もあって一般的にビジネス用と思われる時計をしているんとちがうかな。
しかも、見栄をはって100千〜300千円あるいはそれ以上の時計してない?
いい時計はいい時計でそれでいいけど、それがオールマイティって思ってない?
いちど高級時計をしてしまうと、たとえば50千円以下の時計なんかはずかしいと思わない?だから、なかなか気軽に遊び用の時計なんか買えないよね。嫁の目もあるし。
でも、10千〜50千円くらいでもとてもいい時計がたくさんあるよ。手持ちの時計でも、せめてベルトを交換するだけでも雰囲気はガラッと変わるよ。
ベルトは時計の雰囲気を決定する大きな要因やからね。

Strap_comparison
ほら、同じ時計でもこれだけ雰囲気が変わる・・

孫つれて、小さな手つないで、どこかへ遊びにいくシーンを思ってみて。
派手目でもちょっと品のあるカジュアルな腕時計なら、気分がウキウキするような若返った雰囲気を作ってくれること請け合いです。
あそぶぞ〜!って感じになります。「じいちゃん、かっこええ時計してるな。妖怪ウォッチみたいや!」はいきすぎかもしれませんけど。
手をつなぐ人と、服と、時計を合わせるようになれれば最高やね。

僕は60を超えて思います。
廻りの目は、もうええやん。好きなようにさして。って。
もう一線からははなれた立場で商談に行く時、子ども時代・学生時代の友人と気軽に合う時、家族つれて買い物に行く時、孫つれて出かける時、夫婦だけで出かける時、のんびり愛犬の散歩・・
映画・観劇・野球観戦、リゾート・温泉・山登り・海水浴、おしゃれなレストラン・バー・居酒屋・・
花見・新緑ハイキング・紅葉狩り・雪景色、お気に入りの車でロングドライブ、少し遠出のサイクリング、・・・・
いろんなシーンで、自分なりのお気に入りの格好で楽しみたいと思うのです。
シーンに合った腕時計は、その気・楽しみを倍にしてくれます。

この歳で、そこそこ高級な時計をしているのは当たり前、のようですが、僕は服や靴を着替え・履き替えして楽しむように、気軽に経済的に腕時計を楽しみたいと思っています。

さ、遊ぶぞ!(アホ!仕事せい!)

SKXの裏蓋に見る、「日本はいいなぁ」

これは北斎ですか?

SKXの裏蓋には大波がデザインされています。
”津波”だとか”葛飾北斎”の絵だとか言われているようです。
SKXが人気の米国のレビューを見ると、ほとんどが津波って言っていますが、少数のサイトは葛飾北斎の神奈川沖浪裏がモチーフだと言っています。神奈川沖浪裏は世界的に大変有名な絵*だからか、結構よく知っている外国人が多いようです。

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セイコーが本当のところ何を意図したのかは知りません(どなたか教えていただければと思います)。でも、もし北斎なら、本当に日本に生まれてよかったと思うのです。
ほとんどのダイバーウォッチの裏蓋には「海」をテーマにした独自のデザインが施されていますが、海にまつわる生物やダイビングを連想させる道具、擬人化された動物なんかがほとんどで、古の画家が描いた「名画」がモチーフになっているのはこれだけではないでしょうか。
これだけで文化のにおいはしませんか?
1831年頃描かれたひとつの絵である芸術作品が、2世紀ほどの時を経てなお現代の精密機械のイメージをになっているのです。
現代の新しいものに古い伝統の文化が連綿と受け継がれる。
これだけで日本はいい国だと思いませんか?

世界的に有名な日本の古い庶民の絵が、世界的に人気の日本の新しい庶民の製品に活かされている。
日本文化のすばらしい歴史を感じれば、この時計を腕にすることにも誇りを感じることができます。

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神奈川沖浪裏 葛飾北斎

*葛飾北斎は1900年代多くの海外の芸術家に影響を与えました。ロートレック、ドガ、マネ、エックマン・・・、画家だけでなく、バカラ社やアヴィランド社の器・食器などにも影響があり、交響楽の「海」はドビュッシーが神奈川沖浪裏から発想を得て作曲したとも言われています。最初のレコードジャケットにはこの絵がそのまま使われています。

※この絵をアドビ:イラストレータで再現したベクターデータや高画質なJPEG画像を以下のURLからダウンロードできます(有料です)。興味のあるかたは是非。
http://www.ngart.gr.jp/illustmaterials/illust/fugaku36.html

腕時計してますか?(for around 25)

最近腕時計をしない若者が多いらしい。

そういえば車を持たない若者も多いらしい。
僕らの時代は車や腕時計はそれなりのステイタスシンボルだったけど・・。
確かにいつでもどこでもスマホが正確無比な時間を知らせてくれるし、多機能だからクロノグラフもいらず、GMTもいらない。時を知るという意味では腕時計は要らないと言えば確かに要らない。

しかし、そんな状況だからこそ、僕は若い人に機械式の腕時計を持ってほしいと思う。
たった30〜40mm程度の、小さなものは1mm以下というような部品の集合である実に精緻な機械は、ゼンマイの解ける力を小さく精密な歯車たちが互いにかみ合い、伝え、正確な秒を作り、分を作り、時を作る、まさに「時を刻んで」くれる。人類の英知のなすものであり、芸術的だとも思う。自分の小さな手首には人類の大きな英知が捲かれているのだ。
「時を刻む」道具は、機械式の時計を置いて他にないと思う。
スマホの時計機能は時を知らせてはくれるが、時を刻んではいない。
僕はスマホの時計機能はインスタントラーメンを作る時のアラームとしてしか使っていない。

一刻一秒を意識し、寸秒を争う現代人の生活の中で、機械式時計の刻む時は一服のやすらぎなのではないだろうか。
チ、チ、チ、チ・・・ たまには耳をすませて、本当の自分の時の流れを聞いてみるのもいいと思うのだが。

4.14 九州地方の地震

今日18日だけど、余震がまだ続いているようです。
気象庁も予測できないと言うように、過去に経験のない地震災害になってしましました。
僕は建物が倒壊してしまうような地震の経験はないので、その怖さは想像するしかないのですが、被災した方々には、怖さを跳ね返してがんばっていただきたいと思うのです。
被害の状況をただ見るだけで、なにもできないでいる自分がなさけなく、何かお手伝いできることを探そうと思います。

一刻もはやく余震が収束することと、より早い復興を祈っています。
とにかく負けずにがんばってください。